画像

寄り添い、照らす。セブン‐イレブン・ジャパン 長沼さんの働き方

「働き方は、なないろに」では、従業員一人ひとりの原点から今にいたるまで、それぞれの七色の働き方を紐解いていきます。

今回登場するのは、セブン‐イレブン・ジャパン(以下SEJ)新潟・北陸エリアでOFC(オペレーション・フィールド・カウンセラー)を務める長沼さん。店舗経営相談員として加盟店様に寄り添いながら、地区リーダーとしてチームメンバーにも目を配っています。

その始まりは、サッカーに打ち込んだ少年時代でした。

※このページ内の画像の加工や二次利用を禁止します。

チームの司令塔から、チームに献身するポジションに

長沼さんがお兄さんの影響でサッカーを始めたのは小学校1年生のこと。体の使い方がうまいとほめられてから、どんどんのめり込んでいったそうです。小学校では副キャプテンを務め、小中学校を通じて守備型司令塔役としてチームを支えました。

alt=

小学生のころ、サッカーチームの仲間たちと。

高校でも、このまま同じポジションでやっていくんだ。そう考えていた長沼さんに、高校サッカーの監督から告げられたのは「ポジションを変更する」という言葉。

「部員が40名と大所帯のチームで、選手層が厚かったんですよ。私よりもうまく司令塔としてプレーできる選手がいたので、言われたことは理解できる。だけど、簡単に納得もできない。そんな出来事でした」
それでも長沼さんは、監督の判断を信じることにしました。自分に一番向いているポジションを考えてくれているはずだ、と。

「新しいポジションは、攻めも守りも味方へのフォローが求められるポジションでした。しっかりと連携するためには、普段からチームメイトのプレーを観察して、息を合わせる必要があります。思えば、このポジション変更のおかげで、チームプレーの楽しさをより深く知ることができた気がします」

チームの中心になるのではなく、チームに貢献する。
その考えは、サッカーを引退した後も引き継がれていきました。

誰かの人生に、直接関わりたい

「大学に進学してからは、とにかくいろいろなことを経験してみようと、たくさんのアルバイトをしました。神社のお手伝いなどもしたことがあります。一番長続きしたのは塾講師ですね。正直、最初は待遇面に魅力を感じて始めたのですが、塾から卒業していく生徒たちからもらった『ありがとう』という言葉が、いつからか自分にとって大切なものになっていきました」

alt=

就職活動を始める頃には、“誰かの人生に直接関われる仕事をする”ことが長沼さんの目標になっていました。

そしてもう一つ、長沼さんに影響を与えたのが、中国に赴任していた父親の存在です。

「高校の夏休みに中国に遊びに行ったら、仕事の現場にも連れていってもらえて。言葉も文化も違う場所で仕事の交渉をする父の姿がとにかく格好よかったんですよ。いつかは海外で働きたいという気持ちが芽生えたのは、それがきっかけでした」

誰かに寄り添いたいという想いと、海外で働くことへの憧れ。

その両方を叶えられる仕事を探す中で、長沼さんはSEJにOFCという仕事があることを知ります。OFCは加盟店オーナー様に伴走し、さまざまな経営カウンセリングを行う仕事。さらに、グローバル展開をしているセブン‐イレブンであれば、海外勤務の可能性もある。

長沼さんにとって、これ以上ないと思える仕事との出会いでした。

「たずねる」ことで、開いた扉

SEJに入社後、長沼さんは希望通りOFCとしてのキャリアを歩み始めます。新潟・北陸エリアに配属されたのは、入社2年目のことでした。

「見慣れない街で、しかも初めての一人暮らし。仕事の経験もまだ浅かったので、何もかもが手探りでした。でも、自分のことを誰も知らないこの土地で一からがんばっていくんだという気持ちは強かったです」

そこで長沼さんが心がけたのが、研修で教わった「三つのきき方」を徹底すること。「ただ聞く」「傾聴する」そして「たずねる」。その中で、もっとも長沼さんが意識したのが「たずねる」でした。

「私から提案するばかりでは、オーナー様とのコミュニケーションが一方通行になってしまいます。どのようにお店を経営していきたいのかをお聞きした上で、私から提案をさせていただく。この繰り返しで、オーナー様との信頼関係を育んでいきました」

alt=

一つのチームのようにオーナー様と走り続ける日々の中で、長沼さんは、常に前向きにオーナー様に寄り添い、時には引っ張っていくOFCとなっていきました。

2020年には新型コロナウイルス感染症の影響が広がりましたが、お店を取り巻く環境が大きく変わる中でも、長沼さんのその姿勢は変わりませんでした。

「売上も客数も苦戦している状況だったからこそ、あえて高い目標を共有することにしました。目指すべきものがハッキリと見えていれば、私もオーナー様も、迷わず進んでいけると考えたからです」

同時に長沼さんは、さまざまな商品のセールと合わせてPOPで店内を彩ることを提案しました。たとえわずかな時間でも、セブン‐イレブンで買物をしている間は、お客様に明るい気持ちになってほしいという想いからです。

結果、コロナ禍で行われたセールで、長沼さんの担当店舗はブリトーや中華まんなどのセールで、目標を達成。沈みがちな空気を吹き飛ばすように、お店に笑顔が戻ってきたのでした。

働き方は、オレンジ色

現在、長沼さんは地区リーダーとして9名のOFCをサポートしています。単身で新潟・北陸の地に降り立った頃とは違い、今では仕事をともにする仲間も、お互いを支え合うパートナーもいる。公私ともに充実した日々の中でも、海外への想いは色あせることなく続いています。

セブン‐イレブン・ジャパンが社内で実施している英語のトレーニング(Seven-Eleven English Training)に積極的に参加し、いつかは海外のセブン‐イレブンに関わることを目指しているのです。

「中国で目にした父の背中が、今でも私の憧れなんです。いつか、自分の子どもに『この国のセブン‐イレブンは、父さんが立ち上げたんだぞ』なんて言えたら、最高ですよね」

alt=

最後に、長沼さんの働き方を色で表現していただきました。

「日本のお店だけでなく、世界のお店も照らせる太陽のような存在でありたい。そういう意味では、オレンジ色ですね。ただ同時に、自分は縁の下の力持ちだという自覚もあって、その点では緑色と言えるかもしれません」

 (22689)

サッカーのピッチで経験した、葛藤と成長。そこから立ち上がり、“誰かのために” 働いていきたいと願った長沼さんの「オレンジ色」の物語はこれからも続いていきます。

アンケートフォーム

サイトトップへ戻る

pagetop