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発信する料理家・今井真実の「私のめざめ」。小さな一歩が、大きな夢を動かした

人それぞれにある「めざめ」の瞬間。その無限大の可能性を応援する「asupresso」がお送りするコラムシリーズ「私のめざめ」では、毎回スペシャルなゲストに「めざめ」にまつわる思い出や考えを自由に書いて寄せてもらいます。今回筆を執ってくださったのは、料理家の今井真実さんです。

今井真実(料理家)
兵庫県神戸市出身、東京都在住。noteに綴るレシピやエッセイ、SNSでの発信が幅広い層の支持を集め、雑誌、WEB、企業広告などの媒体でレシピ制作や執筆を行う。身近な食材を新しい組み合わせで楽しむ個性的なレシピが人気で、「作った人が嬉しくなる料理」を提案している。著書に『いい日だった、と眠れるように 私のための私のごはん』(左右社)、『今井真実のときめく梅しごと』(左右社)、2025年3月には新刊『だいじょうぶレシピ』(家の光協会)が発売。

本当は、ずっと本を出したいと思っていた

数年前、自宅で料理教室を行い、企業からレシピ依頼もいただいていた頃でした。
仕事としてレシピをつくっても、その媒体に私の名前が出ることはありません。“今井真実”という人間に依頼しているわけではなく、「空いたスペースにレシピを入れて彩りを添えよう。誰か料理ができる人に頼もう」。そんな基準で選ばれていたのです。私の名前はちっとも必要とされていませんでした。

かといって、私自身もはっきりとした不満があったわけではありません。ただぼんやりと「このままでいいのかな」ともやもやを抱えていました。とめどなく考えだしても、いつも最後には、「私は贅沢なのかもしれない」と、その疑問を打ち消しました。小さな子どもを抱えながら、好きな料理の仕事ができているのだから、これで十分ありがたいと思うべきなのだ、と。

しかし、一度あふれ出した思考を止めることはできません。これから私はどういう仕事をしていきたいのか、私はどう生きていきたいのか。いつしか自分の心の奥底の望みについて真剣に考えるようになりました。

本当は、いつか本を出したいと思っていたのです。

読書の虫の私は、「本」というものに強い憧れを抱いていました。12年以上も料理教室を行ってきたので、手元にはレシピがたくさんあります。しかしどうすれば、「料理家」として出版できるかなんて、わかりません。そしてやっぱり私には無理だと、その夢を胸の奥に仕舞ったまま、数年がたっていたのです。

「料理家 今井真実」が生まれた日

その願いを時折取り出して眺めても、事態はなにも動きませんでした。勝手に誰かがお膳立てしてくれたり、天の助けがあったりするわけなどありません。
私自身が外に向かって行動を起こさないと始まらないのです。そのことを十分に理解するだけの時間が流れていました。何も行動を起こさない私の望みなんて、誰にも知る術がありませんし、そもそも私のことも知りません。

その日の夕方、料理教室が終わった私はソファに寝転び、スマートフォンでSNSにアクセスしました。

アカウントの新規登録をクリックして「今井まみ」と文字を打ち、一度消して、深く深呼吸。レシピ本に自分の名前が載っていることを想像しました。それが平仮名なのか、カタカナなのか、漢字なのか。もちろんまだなんの手立てもないですが、一度この名前でいくと決めるとそう簡単には変更できません。威厳があるように見えない私には、少し堅く見えるくらいでちょうどいい。
「料理家 今井真実」と打ち直して登録ボタンをクリックしました。とんでもない決断をしてしまったかもしれないと心臓の鼓動が響きます。天井を眺めました。

ここが新たなスタートだ。私、これからは自分の名前を出して、料理家として仕事をしよう。一人、心の中で決意したのです。

とにかく、ネットの世界に出てみようと思いました。とても怖いけれど、自分の名前で、発信をする。具体的に何をしていいのかもわかりません。ただ、本気で動かないとだめだ、と必死に自分を追い込もうとしたのです。

2019年、私はnoteに登録しました。
奇しくも、この直後、コロナ禍が始まり世の中はがらりと変わっていくことになります。私も料理教室を閉めることを余儀なくされました。その時に生徒さんに、レシピをWEBに掲載していいですか?と許可を得ることにしました。もともと生徒さんたちのためだけにつくっていたレシピだったので、ほかでの公開は避けていたのです。しかし、皆さんご快諾してくださり、むしろ喜んでくださいました。

2020年3月頃から、私は生徒さんにお手紙を書くような気持ちで、レシピを週に数本noteに書くようになりました。それに並行して毎週日記も書き始めることに。劇的に変わりゆく世の中を前にして、普通の家族の何の変哲もない食卓と日常を記しておきたかったのです。

そして、約3年後の2022年2月。私は、初のレシピ本を出版しました。noteを読んでレシピを幾つもつくってくださった編集者さんにお声をかけていただいたことがきっかけでした。

さらに同じ年の春、私はレシピエッセイも出版することに。日記を毎週欠かさず書いていたため、いつの間にか食エッセイの書き手としても編集者さんから見ていただけるようになっていたのです。

今の私はきっと、めざめたばかり

休みなくレシピをつくり、何かしらの文章を定期的に書き、発信すること。それを編集者に見つけてもらう。これが出版への道筋になるということに、その時初めて気づきました。

運も良かったと思います。フォロワー数が少なくても、熱く応援をしてくださる方々も増え、いろんな仕事をくださいました。そして何より、料理教室でじかに反応をいただいていたことで、私は知らぬ間に鍛えられていたのです。つくりにくいポイントを生徒さんから教わり、レシピをブラッシュアップしてきました。その経験があったからこそ、舞い降りたチャンスをつかみにいけたのかもしれません。

今、再び私は夢を抱いています。それは日本の家庭料理を海外に広めていくこと。

和食はいろんな国で高級な料理として好まれています。でも料亭で出るような和食だけでなく家庭料理にも、素材を大切に扱いシンプルに味付けするなど、すぐれた魅力があります。その献立や調味料を海外でも展開していきたいのです。私が大好きな梅干しや梅の加工品も、国境を越えてたくさんの方々に好きになってほしい。そんなことを考えると、とても楽しくなるのです。

突拍子のないことだって、想像しないと、動かないと、語らないと始まりません。まずは自分自身で行動して、賛同してくれる仲間をつくっていく。かつて一人で戦っていくんだと決意した私ですが、今は、人と関わることでもっと大きな輪ができることを知っています。そしてそれはいつか社会を変え、より良い未来へと還元する力となるかもしれないと信じているのです。

「めざめ」には、ただ眠りから起きる状態だけではなく、ひそんでいたものが働きだすという意味があるそうです。今の私はきっと、めざめたばかり、なのかもしれません。

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